燃ゆるもの我は持たねば横目して過ぎてゆきたるジュリアン・ソレル

『ひたくれなゐ』齋藤史

 都会の街中を行きつつ、わたしの中にしばしばこの歌が蘇るのは、自分自身が老いた証拠であろう。「ジュリアン・ソレル」は十九世紀のフランスの作家、スタンダールの『赤と黒』の主人公。美貌の青年である。その彼を思わせるような美しい青年に出会って、作者は思わずはっとしたのだろう。だが彼の方は、ただ「横目して」通り過ぎて行ったという。そのとき自身の老いの姿を、しみじみと、少し可笑しく確認させられたのだろう。外面の老いのみでなく、「燃ゆるもの我は持たねば」と、内面の火の弱さも自認しているようだ。
しかしこの歌はそれだけでは終わらない。作者の目は、冬ざれの街で一瞬美しい青年とすれ違ったというロマンにとどまらずに、いわば目で姦淫しているのだ。「燃ゆるもの」を内に見つめていっこうに死なない目を、自らに確認した歌である。一九七六年刊。

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