けはひなく降る春の雨 寂しみて神は地球に鯨を飼へり

『Dance with the invisibles』睦月都

「けはひなく降る春の雨」は霧のような春の糠雨のことであろう。古くから歌われてきた春雨の情感を呼び起こしながら、二句までのしらべの良さがまず心を酔わせる。だが、それから後は、三句の「寂しみて」を挟んで大きく変わる。情感が人から「神」のものに変わるように、「寂しみて神は地球に鯨を飼へり」と鮮やかに転回するのである。いかにも日本的な情感をもつ春の雨の景色を、「地球」規模にまで広げて、はるばると胸のすく時空を伝えてくる。この切り返しの大きさこそ、作者の詩質の特徴なのだろう。あるいは、「寂しみて神は」という言葉には、神は地球に人間がいるだけでは足りずに鯨を飼うことにした、という鋭い批評が隠されているのだろうか。同じ哺乳類でありながら、人間は鯨を捕って食べる生き物である。二〇二三年刊行の第一歌集。

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