帰らむと人押し分けて駅に入る地上の声はたちまちに無し

吉川宏志『雪の偶然』(現代短歌社)

同じ連作「地上の声」のなかに〈国会前うずめつくせる黒点の一つとなりて我が夏は過ぐ〉などデモへ参加した歌が詠まれ、掲出歌もその帰り際の一首であろう。〈手籠めのごとき採決ののち一礼し首相の男は去りてゆきたり〉という歌からも第三次安倍政権による安保法案強行採決(2015年9月19日成立)の際にさかんに行われたデモであると読んだ。もう十年以上前になる、私は当時大学生で、何の授業後だったのか覚えていないが大教室の後ろのほうで安保法案が閣議決定したときだったのか、ほかの学生たちがさすがに怖いよね、と低い声で話していたのを聞いた記憶がある。(と、書いたのだけれど思えば2015年にはすでに働き始めていた。大教室で聞いたのは2013年12月成立の特定秘密保護法のことだったのだろう)その後、一度母とともに国会前のデモに行った。夜だったからかなのか、寒さも暑さも、肌で感じる季節感を不思議なことに覚えていない。

先日、3月25日には国会前に主催者発表によれば約2万4000人が集まったという。高市総理による早期の憲法改正への意欲的な発言への危機感から、「緊急アクション」として行われたデモに平日の夜、ここまでの人数が集まることに驚きながら、Xのハッシュタグ #平和憲法を守る0325 を追っていた。東京は雨が降っていたようでみなレインコートを着てフードを被っている。カラフルなペンライトが雨に滲んで光っている。動画を再生すれば「平和憲法日本の宝」「改憲反対平和を守れ」と合わさった声が聞こえる。2万4000人といえば地方のひとつの市、ちょうど私の住む山口県宇部市の隣の山陽小野田市の半分の住民数になる。と勘定してもわからないほどの数なのだということしかわからない。ちなみに2015年8月30日には安保法案反対のデモに全国から12万人が集まったという。(https://www.zenroren.gr.jp/jp/news/2015/news150901_01.html)

国会前にそれだけの市民が集まれば、駅周辺はものすごい人で溢れ、帰宅も難しかったのかもしれない。タイムラインからはそのようなリアルな状況までは読み取れない。掲出歌のようにみな「帰らむと人押し分けて駅に入る」状態だったのだろう。その日その場に辿り着くまでにも、三月の終わり、年度末の仕事、学校生活、卒業式、それぞれの一日があった。生活の合間にそうして集まって、さきほどまではプラカードが掲げられ、ライトが光り、多くの人は声をあげ、あげられずともともにゆっくりと、前の人にぶつからないように足並みを揃え、進んでいく。10年前のデモでわたしは大きな声は出せなかった。でもその場にいた。とにかくいてもたってもいられず、という思いでやってきた人たちがおそらくそこにいた。戦争反対と地面に落とすようにつぶやいて、場合によっては空へと張り上げて、あの場にしかあり得ない無二の熱気は、けれど駅の地下へと降りれば霧散する。電車に乗り、乗り継ぎ、歩き、また全然別のそれぞれの生活に戻る。たとえば翌朝にはすっかり晴れてまぶしく、満員電車に乗れば昨夜のことは幻のように思えるのかもしれない。いる、ある、する、違う身体でそこにいた、あった、何かを思った、遠い場所から何度も無音のままで動画を流して見ている。

ドアをあければ秋の陽射しが靴に照る デモに行く我、行かざる息子

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