魚村 晋太郎


越えなくていい壁もあり沿ひながら行けばかすかに木犀匂ふ

梶原さい子『あふむけ』(2009年)

秋彼岸をすぎるころになると、どこからともなく木犀の香りがしてくる。
黄橙色で香りの強いのが金木犀。白くて香りのやや弱いのが銀木犀。
開花すると芳香がつよいので、花が目立つ数日前、どこに咲いているんだろう、と思うころの香りがいちばんいい。
一首も、金木犀、銀木犀といわず、「かすかに木犀匂ふ」とだけいっているところに、その頃のひんやりと澄んだ空気の感じががよくでている。

生きていると乗りこえなくてはならないことがあって、ひとはそれを壁にたとえたりする。
ハードル、という比喩もあるけれど、ハードルが高いという場合、乗り越えることを前提にその手ごわさをいう前向きな感じがする。
壁というときには、立ちはだかるものの前で茫然としているような印象もある。

この壁はこえなくてもいい。越えなくていい壁もあるんだ。
道を歩いていて、壁を目にした主人公は思った。
では、安穏な歌かというと、かならずしもそうでないところに一首の怖さがある。

すこし肌寒いが、あたりの空気は澄んでいて、いちねんのなかでも過ごしやすい時期である。
そんなよい季節に歩く道沿いの壁を、越えなくてもいいもの、として意識してしまうのは、主人公のこころに、越えなければならない壁、あるいは、越えられない壁がさむざむと立ちはだかっていたからではないか。
壁、のようなものを乗りこえたあと、ようやく乗りこえたあやうさをふりかえる心境なのか、まだ壁は主人公のこころに立ちふさがっているのか。
それは読者の読みにゆだねられるだろう。