前田 康子


人去りし公衆便所の白きドア 開きたるまま日の暮れてゆく

岡部桂一郎『坂』(2014)

 

『坂』は2012年に九十七歳で亡くなった岡部桂一郎の遺歌集である。

易しい言葉で作られつつ、味わい深さがあるのが岡部桂一郎の歌である。この一首も見たままをすっきりと詠んでいるが、切り取られている景が独特である。公園や広場などに備えられた公衆便所だろう。そのトイレの(トイレというと味わいが減ってしまうが)ドアが開いたまま日が暮れて一日が終わっていく。そこに作者は何をみているのだろう。「開きたるまま」は全開しているのではなく、半開きのように思う。大勢の人々が今日も一日、トイレを使い通り過ぎていった。開いたままの白いドアに、人間の営みの哀しさを作者は感じている。「白きドア」も白いが薄汚れたドアを思い浮かべる。

 

この空の深い青さはなんだろうもっと嘆けということなのか

雨よりも雪に感情あるごとくわれに向いて雪ふりやまず

冬の日はわれを眺めて去りてゆくしずかなる刻いま五時をさす

 

この歌集で岡部は空をよく見、それを歌にしている。一首目は晴れた空の青さを詠んでいてそこに作者は言いようのない悲嘆を感じている。雲もなく吸い込まれそうな青空を眼にしたとき、晴れやかな気持ちになるときもあれば、どうしようもない不安に包まれることもある。上の句で疑問を提示し、下の句でも自問のような表現である。嘆きを表しつつも口語表現に伸びやかさがある。二首目はなるほどと思った。雪の降り方を思い出してみると、雨よりもさらにいろいろな表情を持って降っているのではないだろうか。「雪に感情あるごとく」というところがおもしろい。自分に向かってくるように降り続ける雪。そこにも雪の意志を感じる。

三首目は、自分が入り日を見ているのではなく、日の方が自分を見ている。「眺めて去りてゆく」という擬人化に、太陽がこの世を動かす神のような存在に見えて来る。下句には時間の重さがある。今日という日の、この瞬間の時刻をしみじみと作者は噛みしめている。

 

歌集のなかで岡部は、死や老いを意識し寂しさを感じながらも、表現はさらに自由で広い空をゆっくりと散歩しているような詠いぶりである。そこにしなやかな魅力を感じた。