一ノ関忠人


つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを

在原業平『古今和歌集』巻16哀傷歌861(905年)

 

『伊勢物語』は、この一首で終わる。「昔、男、わづらひて、心地死ぬべくおぼえければ」、気持ちが、いまにも死んでしまいそうに感じられたので、この歌を詠んだのだという。この前段には人生の終末を予感したかのごとき孤独の表明がある。

 

思ふこと言はでぞただにやみぬべき我とひとしき人しなければ

 

心の内に思うことは口に出さず心に封じ込めておくのがよい。自分が感動したからと言って、同じように感動してくれるとは限らないのだから。そうした老いの孤独が、次の段の死への思いへと繋がっている。

最後に誰もがゆく道であるとは、以前から知っていたけれど、それが昨日今日のこととは思ってもいなかった。

私はこの歌を読むと、次の『徒然草』155段を思い出す。

 

死期(しご)は序を待たず。死は、前よりしも来(きた)らず、かねて後(うしろ)に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来(きた)る。沖の干潟(ひかた)遥かなれども、磯より潮(しほ)の満つるが如し。

 

人生は、こうした思いに落ち着くのであろうか。こうした境地に到らないということは、私はまだまだ死ねぬということだろうか。

業平は、880(元慶4)年、56歳で没した。

『古今集』では、この歌に次いで、業平の次男滋春(しげはる)が甲斐の国への途上で急逝した時の歌が並べてある。気の利いた配置と言えようか。この滋春の辞世を最後に『古今集』哀傷の巻は終わる。

 

かりそめの行きかひ路とぞ思ひ来し今は限りの門出なりけり

 

905(延喜5)年のことだという。