さいかち 真


筑波根の新桑まゆの糸なれや心引くよりみだれそむらん

頓阿(1289~1372年)

新日本古典文学大系『中世和歌集 室町篇』

 「頓阿法師詠」(伊藤敬・稲田利徳校注)より。題は「初恋」。本歌は、注によると「万葉集」の「筑波根の新桑まよのきぬはあれど君がみけししあやに着ほしも」(巻十四)。 掲出歌は、「私の心は、筑波根の新桑まゆの糸でしょうか。あなたを思う気持ちから、その糸が乱れるように、私の心も乱れはじめているようです。」という内容の歌。山繭は色がついているが、養蚕のカイコの繭の方は周知のごとく真っ白で、清純な印象がある。初恋というものも、そのようにういういしくて輝くようなイメージを持つものとして思い浮かべられる。初恋の時の異性の姿は、かがやくように美しく見えるということが、ありはしなかっただろうか。『伊勢物語』の初冠の若者は、美しい姉妹の姿を垣間見て「心地惑ひにけり」ということになった。その瞬間の異性の姿は、繭のかたまりから引き出された絹糸のように、きらきらと陽を受けて発光する存在だったのだ。相手の美しさに不意を打たれる。そんな初恋の思いを題として、誰もが想像力を働かせることができる文化は、江戸時代になると貴族の専有物ではなくなった。「伊勢物語」や「徒然草」の講義をする権利を町人にまで開放したのは、江戸幕府・徳川家康である。

題詠というのは、歌を作るための素敵な連想システムだったが、これは一部が季語のかたちで俳句の方に受け継がれた。季語はうらやましいが、制度として導入するのは短歌に合わない。と言うよりも、その必要がない。現代短歌は、図式的にいうと、いったん自由と引き換えに「題」を捨てた。でも実際は、連作のタイトルのかたちで「題」の文化を引き継いでいたのだった。現在では文字通りの「題詠」も復活している。和歌の「詞書」を方法として復活させ、現代詩の自由連想法までそこに取り込んで現代短歌を豊かにしたのは、前衛短歌の功績だった。そのことの恩恵を被っていない現代歌人はいないのである。