星が行く道のながてを何となく夫の名前を呼びたくて呼ぶ

柴田佳美  『COCOON』Issue 14 ・2019年

「COCOON」は大松達知さんが発行人の結社内同人誌。いつも発行を楽しみにしている。大松さんには昨年、筆者の所属する「未来」の作品評を担当していただいた。そのときも、どのページよりさきに大松さんの作品評を読んでしまった。同じ結社内ではありえない作品の批評軸が鮮明にあり、いつもぶれない。その評は、夏日にふきわたる一陣の涼風のようにも思えて毎回ほっとしたのを覚えている。「COCOON」もそんな気風のながれる風通しのいい雑誌だ。

引いた歌を読む。上の句を読んですぐに思うのは万葉集の歌。「君がゆく道の長手を繰りたたね焼き滅ぼさむ天の火もがも」(狭野茅上娘子 万葉集 巻15)を本歌取りをしながらこの本歌のテンションの高さを魚の骨でも抜くように、気持ちよく払っている。本歌の「君が行く」を「星が行く」に置き替えたところで、世界がくるりとまわって、スペースが圧倒的にひろくなった。情念の燃えさかる息苦しい女心から抜け出して、星空がひろがるやわらかな夜の時間がながれはじめる。歌の中にのびやかな空間性や時間性をとりいれることで、みずみずしい抒情が生まれているように思える。しかもそれほどこみいった修辞ではないところが大切。読者に負荷をかけない単純なレトリックの匙加減が絶妙だ。

あとの展開もおもしろい。相聞といえばひりひりした男女の恋愛感情が王道。本歌がまさしくその原点に君臨している。そこを反転させて、現代の中年夫婦のそれなりに落ち着いた情愛の世界にはこばれる。その思いが「呼ぶ」という動詞のリフレインにのって優しい心情として着地している。歌に読みに迷うような言い回しは見当たらないし、思わせぶりな新奇な見立てもない。まして込み入った事情はない。それでいて、みずみずしい人の感情がナチュラルなかたちでさしだされている。こんな相聞歌が詠めたらいいなあと思わせる歌に出会ってすなおに嬉しい。