峰尾碧『森林画廊』ながらみ書房,2018
夜の水辺。ついさっきまで浮遊していた蛍が、音もなく姿を消す。
とたん、闇と水とが一体となって、語り手の嗅覚に「滴るばかり」に存在を主張する。密やかで静謐な言の葉の森。
この歌のなかの「いま」、語り手は何も見えず、何も聴こえず、そこに在るのは「闇」と「みづのにほひ」だけ。
しかしながら「あをあをと」という表現に、旧字体での「螢」の登場によって、わたしたちはどこかその場が炎えているような、不思議な印象を受け取ります。
つまり、〈不在〉そのものを際立たされているような。
そこに掛け合わされているのは「消え」るという動詞であるのに、字面の上では正反対のものを彷彿とさせられるのです。
さらにこの調子で読み進めると、「闇」の字には「音」が隠れていることにも気が付くでしょう。
これらは、歌の中にはじかに詠みこまれていないものの、その存在の不在そのものを、わたしたちに視覚的に指示しているようでもあります。
視覚と聴覚が不透明な状態にありながら、澄んだ空気感をいっぱいに含んだみずみずしいこの歌の世界では、〈不在〉こそがいちばんの耀きをたたえているのです。