玉城 洋子 『花染手巾』(ながらみ書房 2002年)
いわゆる、「鉄の暴風」のことであろう。
第二次世界大戦最晩期の昭和二十年、沖縄は数ヶ月にわたり、米軍から激しく攻撃された。おびただしい数の砲弾が撃ち込まれた。それは、一つずつの弾としてではなく、まるですさまじい風のように、鉄板の圧のように、「面」として感じられたに違いない。
そうして、約二十万人もの方々が亡くなった。
この歌では、数字が力を持っている。「一メートル四方に五十発の弾」という数学的な説明が、まず、鑑賞の基盤として読み手に手渡される。そこからである。そこからがスタートだ。
それが、どれだけの密度であるかということが理解されると同時に、感情が動かされ始める。(そんなにたくさん……)と。
「一メートル四方に五十発」では、人間がよけることは不可能だ。しかも、その「一メートル四方」は一箇所だけではない。隣にも前にも後ろにも、びっしりと「一メートル四方」はある。
どれだけの痛み、苦しみ、恐怖だったことだろう。
「風化できるか」の憤りは、そんな、一見冷静な、データとしての上句への反動のように、ふいに激しく表れる。肉声のほとばしりが、強い反語となって響き渡る。
理性と感情、抑制と衝動、冷たさと熱さ。そういうものの一首の中への同居は、この問題について真摯に正確に受け止めようとするほどに揺さぶられる心を体現しているようだ。
喜屋武岬断崖に佇み青海のやがて血に染む真昼の幻覚
作者は戦中に沖縄に生まれ、そののちの沖縄をずっと生きてきた。
どうあっても、土地の端々に戦争の痕跡は残り、それをありありと感じながら生きざるをえなかっただろう。
「幻覚」が幻覚ではなかった時代。むしろ、現在の風景の方が幻のようで。
だからこそ、「風化」はさせられないと、自分が引き受けていくのだと、ここに使命が言明されている。
戦後七十八年。「風化」の問題はいよいよ重い。
いや、沖縄は今も戦後を、「風化」できる状況にはなくて。