大松 達知


おもらしの後は黙禱するやうに壁に向かいてうなだれる父

藤島秀憲『二丁目通信』(2009)

 二人暮らしで父親の介護をする生活。

女性が親を介護する歌はこれまでも多くある。その厳しい現実を短歌で描いても、そこには役割分担としての「定型」があり、それゆえに(現実はどれだけ辛くても)救いがあったかもしれない。

しかし、中年の息子が年老いた父親を介護する姿はまだ「定型」になっていないだろう。読者としても、受け止めるための訓練ができていない。それだけ直截に響いてくる。

「おもらし」という語をそのまま出す。この世の父のそういう場面を歌として晒すことにはためらいがあったはづだ。しかし、歌人に徹して表現したのは文学者である。

同じ一連には、

・乱暴に、たとえば土管を持ち上げるように庭から父を抱き上ぐ

・風呂場にて裏返しして洗うなり父の下着という現実を

・客観視できぬ近さに父がいて入れ歯外して舐めはじめたり

などもある。

まさに、現実に立ち向かった作者の強さが見えてくる。