夕方の擬木の柵を乗りこえて川の傍まで行きたくなった

鈴木ちはね『予言』(2020年)

擬木は冷たい。見た目は木だが、手に触れた時の質感は石である。コンクリートでできていて樹皮の凹凸と断面の年輪が再現されている。公園や河川敷のような場でよく見かけるあれである。通路や境界を区切りたいときに鉄の柵を置くと味気なく、かといって風雨にさらされる屋外に本物の木の柵を置くと腐食が進みやすく維持コストがかかる。自然に溶け込んで見えるように景観に配慮した上で擬木が選ばれるのだろう。

(川の流れを見たので)夕方の擬木の柵を乗りこえて川の傍まで行きたくなった(しかし行かなかった)

この歌にはきっかけと結果が省略されていて、その代わりに「柵を乗りこえて」「行きたくなった」気持ちにフォーカスが当たっている感じがする。気持ちを伝えるのに音数が多く使われているので「擬木の柵」の具体さがやけに不気味に感じられる。

「川」に何か惹かれるものがあったとして、短歌の限られた音数のなかで「擬木の柵」と細かく言わなければならなかった理由はなんだろう。

川のそばに行こうとした時に、夕方の光に照らされる「擬木の柵」を見た。ただ柵をこえようとする自分と一瞬の関わりを持った「擬木の柵」がやけに印象に残っている。擬木のテクスチャーを見て、擬木だと感じ取る瞬間が夕方にあった。作者は、普段あえて意識する必要のない、なんでもない風景が自分と関わりを持ったその一瞬を捉えている。

嘴太のくろびかりせる一体が擬木ぎぼくの柵に降りてをるところ
/小池光『静物』

カラスの嘴と擬木を組み合わせて不気味さを引き立てる。生物が持つツルツルとした無機質の部分が怪しく光っている。小池は風景の描写がメインとなっているが、鈴木ちはねの場合は、自分の行動や気持ちが歌の主題である。感情のなかの無機質な部分が「擬木」に象徴されているように思う。

そのときは現在だった風景が窓越しにとめどなく流れる
/鈴木ちはね『予言』

 

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