世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っています

高市早苗 第105代内閣総理大臣(日本時間2026年3月20日未明)

なんと言う皮肉だろう。本当に「世界中に平和と繁栄をもたらせる」と心から思っているならイランへの攻撃を非難すべきだ。

もちろんこの発言は短歌ではないけれど、首脳会談を象徴するようなフレーズであって、偶然にもそれが短歌として読めうるならばいっそ短歌として読んでしまおうと思った。発言を短歌のように読んでみると、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのは」という上の句は、いかにも散文的で、抽象的な理念を並べるにとどまり、ほとんど意味を持たない。発話の核心は「ドナルドだけだと思っています」という下の句に集約されている。ようするに、この言葉が実際に伝えている内容は「あなたに従います」という一点に尽きる。

動画で首脳会談の様子を見ると、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのは」と言うあいだは視線をやや逸らしているが、「ドナルドだけだと思っています」と言う瞬間に目線を合わせにいっている。発話のリズムと身体の動きから読み取れるように、上の句と下の句の間で意識の切り替えがある。上の句で掲げられる「平和と繁栄」は、下の句において、目の前にいる特定の個人への帰属の意識の中にねじれながら押し込められてゆく。

高市の発言は、英語訳では “I firmly believe that it is only you, Donald, who can achieve peace across the world.” (ホワイトハウスによるエックスへの投稿)とされているが、「確信している」という強い信念のニュアンスが付与されている点で、日本語の原発話とは印象が異なる。「思っています」は、主体が何もコミットしていない、責任を曖昧にする言い回しではないか。「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っています」は相手に何も要求していないのだ。発言の主体が言葉を引き受けるだけの主体性を持っていない。それゆえに言葉はただ空虚に響く。

ネットにて反対を書く 一円玉のような軽さと思えども書く
/吉川宏志『鳥の見しもの』2016年

「一円玉のような軽さ」であっても、ポジンションを取ってウェブ上に意思を書き残すのは心理的なハードルが高いと思う。一円は重いのだ。この感覚は、高市の発言の軽さと対照的である。言葉の重さは、その内容だけでなく、それがどのようなリズムで発せられ、どのように責任を引き受けているかによっても変わってくる。

今回の首脳会談で合意された対米投資は730億ドル(約11兆6000億円)になるという。一円玉の軽さを考えた後に見るとつくづく途方もない金額である。

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