石川 美南


一夜漬けの一夜があらず文月に素手で試験に子は立ち向かう

中川佐和子『卓上の時間』(1999)

 

インターネット上の〈つぶやき〉を眺めていると、「確実に徹夜」とか、「奇跡的に終わった」とかいったフレーズが妙に目に付く。ああそうか、大学生たちは今、前期の試験やレポート提出に追われる時期なのだ。そういえば、今週に入ってから、小学校の通学路に立つボランティアの人たちを見ていない。小中学校は、もう夏休みだ。

大学を卒業してもう9年以上、毎日の宿題の量は一向に減らない(というか、増えている気もする)けれど、試験やレポートや終業式で季節の移り変わりを知るような、学校生活特有のサイクルからは少し遠のいてしまった。
 
さて、この歌は「文月」の試験というところがなかなか味わい深い。

同じ歌集に、
 
  小学校終えしは去年けだるさが子にうっすらと生えはじめゆく
 
という歌がある。同じ「子」を詠んだ歌だとすれば、「文月」は中2の1学期末ということになるだろうか。昔から「中だるみの中2」などというが、確かに中学2年になると、中学校入学時の緊張感は既になく、しかし高校受験はまだ遠い。年齢的にも、子供らしく伸び伸び振る舞うこともできないし、大人にもなりきれていない微妙な時期である。

それにしても、テスト前はせめて一夜漬けくらいした方がいいんじゃないかと思う訳だが、「子」は余裕しゃくしゃく、丸腰のまま試験に臨もうとしている。母はすっかり呆れかえりながらも、そんな子どものたくましさ(?)を秘かに面白がっているようでもある。
 
  隣室に国語の教科書読む声の「ぶへ」が「部屋」だとしばし分からず
 
この調子だと、テストの点は、まあ、芳しくないだろう。けれども、そのまま堂々と行っていい。当たって砕けた後には、輝く夏休みが待っている。