くれなゐのつつじをまたぐ歩道橋いま天界の風ながれゐる

篠 弘『東京人』(2009年)

 

提案に補足がありてみづみづしかる截り口はみえなくなりつ

ながらへて忘れられゆくひとおもふ男盛りはむしろ短き

長くなる夜の会議に己が身を立てなほす声もどりてきたる

いそしみし己が仕事の多寡はあれ外(はづ)さるる時もつとも滅入る

退職の謝辞長くなりみづからの批判をすればさらに長びく

 

都市で生活するためには、組織に関わらざるを得ない。組織に籍を置き、あるいは組織と付き合う。組織は、個人が協働するために集まった単位。そこには、共通の目標があり、その達成のための統制の仕組みがある。そのなかで、いろいろなもの/ことが磨り減っていく。磨り減りながら、磨り減らしながら、人は生きていく。むろん、多くはそれを望んでいるわけではない。しかし、抵抗や対抗といった行いも組織の力を確認する方法だといつか気づき、人は年を重ねていくのだろう。

 

くれなゐのつつじをまたぐ歩道橋いま天界の風ながれゐる

 

組織と関わらない時間もある。つつじは、夏が近づく季節の美しい花。春を喜び、夏を期待する、そんな花だと思う。つつじの花にはいろいろな色があるが、「くれなゐ」は格別だ。

歩道橋を渡っているのだろうか、あるいは歩道橋を見上げているのだろうか。どちらであっても、天界の風が流れているその景は清々しい。「いま」の一語が、巧みだ。現在性を提示するとともに、5・4-3・5という柔らかな流れを、2-5・2-5というリズミカルな流れに変えながら、一首をすっきりと立たせる。

都市は合理性や効率性を大切にしながら、大きさや高さを志向し、それらを集積していく。しかし同時に、都市は人びとの営みの蓄積でもある。こうした清々しい景を経験することも、その確かな営みである。

 

うつすらと真珠色なる辣韮をかみつつ冷酒味はひてゐつ

 

そして、こんな一首もうれしい。そうか、辣韮は冷酒に合うのか。

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