吉野 裕之


たたきのめされ がーっと家が 無惨無情のこっぱみじんに

加藤克巳『天壇光』(1987年)

歌集『天壇光』を通して、私は師・加藤克巳と出会った。

 

たたきのめされ がーっと家が 無惨無情のこっぱみじんに

めちゃめちゃの瓦の山から鬼瓦一枚 ずしり重い おもい

ショベルカーの爪がすくいあげた 山高帽と将校帽の 黒と赤

父とせがれの歴史がこんな風に物理的無に帰して ただの広っぱだ

父も母もいない あの部屋もかの部屋も 空々くろろんもうなんにもありやしない

解体の快などといってみてもじっと惜情を遺った池にみつめている

破壊と建設、この熟語の まっとうにつながるまでの昨日も雨今日も雨

 

巻頭の一連「物理的無に帰して」7首をすべて引いた。克巳らしい韻律がわくわくさせてくれる、そんな一連だ。しかし、最初にこの一冊を手にしたとき、どうしたらいいのかまったくわからなかった。短歌をつくりはじめてまだ数年のころだった。書店で手にして、ちょっと立ち読みして、棚に戻してしまった。

すこしはその作品を読んではいた。しかし、一冊の歌集として向き合うと、それはとてつもなく大きな力だった。読み通せるだろうか。そんな不安に包まれながら、覚悟を決めてレジに向かった。

 

「(略)自由な、出来れば、とらわれのない精神の表現が、それは自在などというものではないが、他人との思わく、かかわりなど考えない、てまえかって(「てまえかって」に傍点)で通してみたい。それでいて、私らしくすこしはみられるものになっている歌を、うたいたいと思った。 」

「旧い家を解体して、全く昔のおもかげをとどめない新しい家を建てかえた。このことが私の生活精神に影響を与えているのであろうか。歌になにか表われているであろうか。 」

 

克巳は「あとがき」に、こうしたフレーズを置く。いまでこそ、らしい書き方だな、なんていえるけれど、不安は大きくなるだけだった。さらに「ゆったりと息長く、しかもらしい(「らしい」に傍点)緊張を、ときにとぼけながら歌っていきたい」とあっても、混乱するだけだった。そして、不安を抱え、混乱しながら、私は克巳のもとで学びはじめた。

ただ自然体で向き合えばいい。克巳のもとで学びながら、おのずとそのことがわかっていった。克巳はいつもやさしかった。やさしさは大きさだと知った。そして、ただ自然体で向き合えばいいことを知ったのだと思う。

五七五七七といういわゆる定型。それは、詩型として絶対のものだ。しかし、個別・具体の作品において、それは基準ではない。共鳴すること。おそらく、問われるのはこのことだと思う。

 

工夫等の鐵路にかざすハンマーの揃ひて光る春の晝かも

朝毎に通る床屋の鶯の聲なつかしく今朝も啼き居る

ねむたげに飴屋の笛の聞えきてうらゝかなるも春の巷は

 

高橋俊人のもとで短歌をつくりはじめた当時旧制中学3年生の克巳は、「菁藻」昭和6年3月号にはじめての作品「春景」8首を発表する。構成の確かさは、このころからのものである。