魚村 晋太郎


あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまでおれの少年

永田和弘『メビウスの地平』(1975年)

岬は、いかにも最果ての地形という感じがする。
歌謡曲に歌われた襟裳岬は、太平洋に突き出た北海道のひし形の下の部分の先端。
竜飛岬(地名として正式には竜飛崎か)は津軽半島の北端である。
ふつうのひとが訪れることのできる北海道の最北端は宗谷岬だが、海岸線がゆるやかにカーヴしていて、尖った地形ではない。
本州最北端は、下北半島の大間崎。
気象情報などによくでてくる潮岬は、本州最南端である。
いづれもさびしい陸地だが、両側に海のひらける景色は壮観でもある。

一首は回想からはじまる。
あの胸とは、恋人の胸だろう。
もっと淡い、告げられなかった初恋の相手の胸と読んでもいいが、単なる回想ではなく主人公の現在につながる相手と読んだほうが、一首の魅力がじゅうぶんに引き出される気がする。

出逢ったころ、恋人の胸は容易に近づくことができない、遠い憧れの対象だった。
そしてついに、思いを告げて、主人公はその胸にふれた。
主人公は、成長したのである。
しかし、いまでも折折、自分のこころなかに、まるで少年のような相手への憧れが息づいていることに気づく。なにやってんだ、おれは。

日常をともに生きる相手であれば、憧れの対象としてまつりあげることは、かえって相手に対して失礼である。
一方で、そんな憧れをこころの奥深いところに持ち続ける間柄は、幸福なものでもあるだろう。
胸という、柔らかでまるいものを、岬という険しくて尖った景色とむすびつけたところに、主人公の思いの丈が、あまくなりすぎることなく吐露されている。
直喩の歌だが、読者の脳裏に浮かぶ岬に吹くつよい海風と両側にひろがる青い海原は、若いふたりの将来への希望と不安を暗示しているようにも感じられる。