江戸 雪


わが額にかそか触るるはわが髪にあらねはるけき岬(さき)に潮(しお)鳴る

中野照子『しかれども藍』(1975年)

夏の海はまぶしく開放的。
そんな夏の海の魔術に身をまかせたころがなつかしい。ただただ、笑っていたような気がする。
けれど、ほんとうはもちろん、海はそんなになまやさしいものではない。
山や空と同じで、そこに棲むものをわたしたちはすべて知っているわけではない。だから、無限に対する畏れをそこにむけるべきなのだろう。
この歌の海はひたすら大きく、こいびとたちを遠くから呼び、包むように存在する。

額に髪が触れるほどそばにいるひと。はげしくそばにいるひと。
風が吹いているのか。
愛するひとを額に触れてくる髪で感じる、まずその美しい情熱にひかれる。
もしかしたら、男性の長髪か。1975年に刊行された歌集に収められているという時代性もあるのだろう。
髪は、しばしば女性の象徴であるとされるけれど、ここでは男性の髪。その雄雄しさを想像してぞくぞくした。
同時に、豊かな髪は若々しさをも醸しだすので、ぞくぞくはますます強まる。

そんな男女の熱い姿を、渦巻く「潮」が岬にぶつかりながら、鳴っている。
もっと愛せ、もっと傷つけ、と。