江戸 雪


男(お)の幼なわが膝に顔を打ち伏せてしばらく居たり何をも言わず

高安国世『新樹』(1986年)

泣きたい、甘えたいという意識さえないようなこの幼い男の子の仕草。
父はその子に対して、どのような態度をとったのかはわからない。
きっと背中に掌をおいたり、髪をなでたりしたのだろうという想像はできる。
けれど、それはいわない。「しばらく居たり」というだけである。
この抑圧された表現は、清潔であり、父の慈しみをいっそう際だたせる。

いっぽうでこのひかえめに描かれている父の姿は、おさなごの無垢な姿をも映し出す。
幼い男の子は、無意識に、父にとても甘えている。無防備で、こころをゆるしたこの姿は、ほんとうに愛らしい。

この父の愛は、全身でむかっていくタイプの愛とはちがって、待っている愛であることに読んでいくと気づかされる。
「何をも言わず」「膝に顔を打ち伏せて」じっとしているおさなごを、なすがまま受けとめている父の姿が哀しいほど懐かしく、きよらかな空気を纏っていて、読者を静かにながくたちどまらせる。