魚村 晋太郎


吾の生を矛盾だらけとあげつらひ秋刀魚食ひたり二匹食ひたり

春日いづみ『問答雲』(2005年)

秋刀魚は秋の味覚を代表する魚のひとつ。
日本近海では、春から夏にかけて北上しオホーツク海に至り、秋になると濃密な群をつくって親潮にのり南下する。
もちろん秋の季語だが、さかんに食べられるようになったのは、18世紀の後半のことだという。
秋刀魚といえば、佐藤春夫の「秋刀魚の歌」や小津安二郎の遺作「秋刀魚の味」などの作品も思い出す。
「そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて」食べたい季節である。

ひとは誰でも、程度の差はあれ、矛盾だらけの生を生きている。
例えば、自分が歩んできた通りの生き方を、そのまま子供や後輩にすすめるひとはかえってすくないだろう。
べつに後悔しているわけではなく、自分の生き様に誇りをもっている場合でも、後につづくものには、もっと安全な道を歩めと助言したりする。
ダブル・スタンダード。他人への評価の基準と、自分への評価の基準が違うひともいる。
度をこすと困ったものだが、そういうふうに考えないと生きてゆけないような局面も人生にはある。

自分の生の矛盾を相手から指摘されながら、主人公はいやな気分ではない。
相手とはどんな間柄だろう。伴侶か、部下か、恋人か。
連作で読むと、食事の相手は息子であるようだが、一首でよむ場合、相手の人物像は、秋刀魚をてがかりにして読者が想定すればいい。
相手の言葉をきっかけに、主人公は自身の生をふりかえり、これでよかったんだと、あらためて肯定するような気持ちになっている。

一首からそんな気持ちが読み取れるのは、やはり秋刀魚のおかげだ。
小刀のような、まっすぐなかたち。脂ののった身のあまみとにがさ。
これがステーキ二枚、だったら台無しになる。
健啖で質実な感じのする食事の相手をあたたかくみつめる主人公は、自分自身にたいしても和らいだ気持ちになっているのだ。