一ノ関 忠人


ヴェトナムに流るる血をも 些事とせむ 若き死囚の ほほのかげりよ

松田修『靠身文書』(「游魚」2013年)

 

松田修のもう一冊の歌集は、『靠身文書』(1966年)という。「こうしんもんじょ」と読み、「靠」は、「よる。たよる。もたれる。もたれる。」(『漢字源』)という意味だと言う。

「靠身文書」にどのような意味があるのか、ご教示いただけるとありがたい。

この歌集の存在も知ってはいたが、幻の歌集であった。それが『装飾古墳』を手に入れてそう遠くない時期に「游魚」2013/NO.2(右文書院)に「松田修コレクション①」として『靠身文書』が全歌収録された。ご子息の解説もあり、また『装飾古墳』もいずれ収録されるという。松田修再評価の予感、嬉しいことである。

『靠身文書』は、昭和41(1966)年2月10日、発行所はでん書房、限定300部。翌年、間を置かず出された『装飾古墳』(昭和42年9月9日)は500部、紺色の装幀、『靠身文書』は朱色だったそうだ。

歌集の内容も第二歌集同様、塚本邦雄の影響の歴然とした一冊である。少年愛、無頼、幻想、異端のイメージが、古典の世界、とりわけ近世のエロチシズムを背景にした語彙や犯罪世界を想起させる独特の松田ワールドである。松田が映画にも造詣深く、とりわけある時期の陰惨たるやくざ映画に理解と愛情を示していたことが思い出される。

 

少年の魂ぬすむと さざん花の はなしべ白き露をふふむも

まどひ来て 流人の島の道ほそく すがるるばらを 摘めばたつ虹

逆光に もりじしあらき 男あまの 投網(とあみ)きらめき波ゆれやまぬ

白ふどしの わかもののむれよ 胸うすき 神の嫉みに 選ばれし 犠牲(にへ)

 

松田はたびたび迢空の影響を言うのだが、これらの歌をみると、なるほどと思う。

とりあげた一首は、松田の歌としては珍しく、社会的事象をうたっている。「游魚」のご子息松田晃氏の解説「うたってしまった、こと――父・松田修」には、福岡女子大学の助教授時代、「佐世保エンタープライズ闘争を題材に歌人として『証言:佐世保68・1・21』を編纂した」とある。佐世保の米海軍原子力空母の寄港に反対する詩歌のアンソロジーである。松田にとっての政治の時代であろうか。以後社会とのかかわりを直接の素材にすることはない。

この一首は、ベトナム戦争に流される血も些事、ささいなこととしよう。私が気になるのは、若き死刑囚の頬の翳りである。戦争や社会ではなく死とエロス。つまり、これは松田の紅旗征戎吾非事宣言ではなかろうか。幻想、耽美の世界への開放を意図した歌と私は取る。しかし、『装飾古墳』の後の歌集はない。塚本邦雄や寺山修司の苦言でもあったのだろうか。