一ノ関忠人


黄の蝶の林に住むは幽けかり落葉松も芽ぶきそめにし

北原白秋『海阪』(1949年)

*落葉松に「らくえふしょう」のルビ。

 

八月の後半、信州白馬村に一週間ほど滞在した。夏の猛暑を嫌厭してのことだ。悪性リンパ腫と診断され、また再発のときも同様に猛暑に衰弱した果ての九月のことであった。つまり八月の酷暑をどう凌ぐかが問題なのだ。ここ数年は箱根ですごしていたのだが、気に入った廉価の宿が廃業してしまった。ということで妻がネット上を細密に探査、今年は白馬村のログハウスを借りることにした。とはいえ貧乏所帯にはせいぜい一週間ほどが限度、しかしながら心地よい時をすごした。

白馬美術館は、シャガールの版画の展示で知られている。平屋建ての白堊の美術館は、森の中に埋もれるように在る。開館にはまだ早く30分ほど外のベンチに腰掛けていた。あまり手入れをされていない周囲の樺や橅や松の木立は鬱蒼として、夏の日差しを遮って、かすかに風もあり心地よい時間であった。

そのときに思い出したのが、北原白秋のこの歌であった。季節も場所も違うのだが、たまたま黄色い蝶々がめぐりを舞っていたこともあって、この一首を思い返したのであろう。

この一首は、「信州の追分から浅間山麓へ這入つた落葉松の林、その早春、(四月ではあるが)霧雨が細かに渡って、土の湿りがよく匂つた」(『短歌の書』)と白秋自身が書いている。夏の盛りに、同じ信州とはいいながら山深い白馬村でなぜこの一首が記憶から呼び覚まされたかというと、黄の蝶の出現もあるのだが、この歌についての白秋の表現の追求の凄さを記憶に止めていたからでもある。

それは、今引用した『短歌の書』―白秋晩年の短歌をめぐっての多彩な発言を集大成した中に書かれている。ちょっと煩雑になるが、推敲の過程を記してみる。

まず初二三句について。

 

黄の蝶の来るに遇へば山原や

黄の蝶のうつつなく飛ぶ山ふかし

黄の蝶のかそけき飛びもうつつなし

黄の蝶の翅ぶりかそけく飛ぶ見れば

黄の蝶の奥所(深処)に飛ぶぞうつつなき 奥所に「おくが」、深処に「ふかど」のルビ。

黄の蝶の住みつつ飛ぶぞ幽けかれ

黄の蝶の林に住むはうつつなし

○黄の蝶の林に住むは幽けかり

 

これだけの推敲を経て、この上句は出来ているということだ。さらに四五句、

 

からまつの芽の日ざし透き見ゆ

からまつ原も(は)芽ぶきそめにし

この朝光(あさかげ)をひとり飛べるも

 

その後にまた元へ戻って、再び訂正、「からまつ原も」が「落葉松(らくえふしょう)も」になった。

上句が九回、下句が四(五)回の推敲が重ねられ、単なる写生ではなく、カラマツ林の、そこでしか感じられない特別な空気感、感触のようなものが描きだされる。これこそ短歌の思想のようにも感じ、私の記憶に強く残っていたのが、それこそ信州の森の中に遊ぶ黄蝶の姿がこれらのことを呼び覚ましたのであろう。