松村 由利子


有事にはテロ対象の一つなる職場か夜のビル風強し

           矢部雅之『友達ニ出会フノハ良イ事』(2003 年)

 

「テロ」という言葉を頻繁に耳にするようになったのは、いつからだろう。1995年の地下鉄サリン事件もテロリズムによるものだったが、2003年に刊行されたこの歌集では恐らく、2001年に米国で起きた同時多発テロを強く意識していると思われる。あれから十数年が経ち、世界はますます危機的状況に陥っている。

報道カメラマンとして、戦地へも赴いた作者である。極限状態にある現場でカメラを向けるときの危険を、身を以て知っている。きれいごとだけではすまない。人間の残酷さ、醜さ、弱さをとことん見てしまうのが戦争というものだ。自分の生命が危ういときも多々ある。

そんな体験を重ね、勤務先のテレビ局が「テロ対象の一つ」になる可能性があることを作者は思う。自分の職業に伴う危険性や責任を再認識し、強く吹きつける「夜のビル風」に、不穏な時代の到来を予感した歌である。

2003年時の「有事には」という初句は、まだ有事ではないことを示す。しかし、今や「有事」はもう、そこまで来ているのではないか。第二次世界大戦のような形態とは全く異なる戦争が、すでにあちこちで起きている。そして、新聞社や放送局に勤める人にとっては「職場」がまず「テロ対象」になるが、フリーのジャーナリストにとっては自分の身が直接「対象」にされることも思う。