松村 由利子


ゆふぐれはピアノをさらふ時刻なり子も友の子も弾きにしハノン

          森川多佳子『スタバの雨』(2013年)

 

「さらふ」という言葉には、なつかしい気持ちをかき立てられる。漢字で書けば「復習ふ」である。楽器の練習、お稽古というニュアンスが割合、濃いのではないだろうか。「発表会」とせずに「おさらい会」と言うと、アットホームな感じがする。

夕方になると、どこからか、たどたどしいピアノの音が流れてくる――それは本当に平和で、穏やかな時間だ。ピアノでなくて、バイオリンやフルートでもいいけれど、小学生くらいの子が弾くピアノには格別の味わいがある。

その意味では、結句の「ハノン」が効いている。「バイエル」だと、まだお稽古を始めて間もない感じで味わいに欠けるし、「ショパン」だと上手すぎる。あるパターンの指使いを反復する「ハノン」は、味気なくて練習曲としてあまり意味がないという意見もあるが、歌のなかではやわらかな響きもよく、活きている。

作者が耳にしたのは、見知らぬ子どものピアノである。自分の子が小さかったころを思い出させる音色に、胸が少し締めつけられるような感じが伝わってくる。学習塾に通う子も増えたのだろうが、ピアノの音が聞こえてくる日の暮れどきの長閑さが続きますように。