松村 由利子


黴くさき書をめくりゆくわが指の間近くありてふれぬひとの指

室井慧『白群』(2003年)

 

梅雨といえばカビ。沖縄はふだんから湿度が高いうえ、梅雨入りが早い。もうあらゆるものにカビが生える。きれいな包装紙や紙箱をついとっておく癖のある私だったが、石垣島へ移り住んできっぱりやめた。そんなものよりも大量の本にカビが生じないか気がかりでならない。

けれども、どんなに気をつけても古い書物にはかすかにカビが生える。そして、その古書特有の匂いもまた、書物の好きな人にはなつかしく、尊いものに思われるのだ。

この歌の作者は、東洋美術に関わる仕事に就いていた人である。思う相手は同僚だと思わせる。同じ卓上で「黴くさき書」をめくっている場面に、読む側の胸も高鳴る。注意深く書物(古文書だろうか?)を扱っている互いの指は、もう少しで触れそうなのに決して触れ合わない。

「わが指に」ではなく「わが指の」としたところに、一層の切なさが滲む。自分のテリトリーとも言うべき間近さなのだ。助詞のこまやかな用い方にも、ふるえるような恋心が感じられる。

「指」が触れ合えば、恋はたぶん次の段階へ進む。最初の「指」への距離こそ、もしかすると最も遠いものかもしれない。そのもどかしさにリアリティを加えているのが、黴くささなのである。