松村 由利子


うずく、まるわたしはあらゆるまるになる月のひかりの信号機前

     中家菜津子『うずく、まる』(2015年)

 

「うずくまる」の中に、「渦」や「丸」が入っているとは気づかなかった。そして、読点ひとつで区切られた「うずくまる」が、全く新しい様相を見せたと思ったら、次の瞬間、「わたしはあらゆるまるになる」と、まるで草間彌生の作品のような派手やかな世界が展開する。

この鮮やかな手並みには、脱帽するほかない。

世の中に丸いものは多い。果実も卵も、ボールもそうだし、丸まって眠る猫も、水滴も空に浮かぶ気球もそうだ。そのすべての「まる」になってしまった作中主体が、どこへ着地するかと言えば、「月のひかりの信号機前」なのだ。

太陽も星も月も丸い。わたしはすべてであり、世界である――にもかかわらず、わたしは「うずく、まる」。自由な魂を抱いて、明日へと飛翔するはずなのに、めまいを起こしたように弱々しくうずくまってしまう現実。

歌集『うずく、まる』の表紙には、ゴッホ晩年の傑作「星月夜」が使われている。月も星も、そして大気の流れもぐるぐると力強い渦のような描線で描かれており、これ以上「うずく、まる」にふさわしい絵もないと思わせる。きらめく才智に、心地よいめまいを感じさせる一冊である。