松村 由利子


少女期はポーシャに今はシャイロックに肩入れしつつシェイクスピア観る  

日比野幸子『四万十の赤き蝦』(2012年)

 

文学作品を読む妙味は、再読するときに新たな発見をすることにある。読んでいるときの状況によって、胸に迫ってくるものは変化する。年齢を経て読み返す面白さは、その作品の深さでもあろう。

子どものときに読んだルナール『にんじん』は、「にんじん」というあだ名の少年が母親に理不尽にいじめられる可哀そうなお話だったが、長じて読めば、彼の母親が何らかの心の問題を抱えていたのではないかと案じられてしまう。末っ子の「にんじん」は望まない妊娠で生まれたのだろうか、夫との関係がよくないために子どもに当たってしまったのだろうか――19世紀のフランスにも児童虐待はあったのかもしれないな、と思う。

だから、この歌の作者が『ヴェニスの商人』を読んだ少女時代に、男装して裁判官を演じるポーシャの勇気や聡明さに喝采する思いだったこと、しかし、今は登場人物たちから忌み嫌われるユダヤ人、シャイロックに肩入れしてしまうことに、とても共感する。

『ヴェニスの商人』は決して勧善懲悪の芝居ではなく、シャイロックは「近代的で複雑な人格」をもった人物だという見方がされている。この歌は、シャイロックがキリスト教徒たちに抗弁する場面だろうか。登場人物の名前が並べられたことで、読者も舞台を観ているような、生き生きとした興奮を味わえる一首である。

 

編集部より:日比野幸子歌集『四万十の赤き蝦』はこちら↓

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