松村 由利子


大空のホールにみえざる群衆の椅子をひく音夏の雷鳴  

        渋谷祐子『青金骨法』(2007年)

 

この歌を読むとき、まず、頭上の空が「ホール」に喩えられていることに魅了される。ホールの天井の円みを思うのだから、草原の上に広がるような空だろう。そして、「みえざる群衆」の存在が提示された後に、「ざざざ」と一斉に椅子がひかれる音が響き渡る。と、最後の瞬間、ホールも群衆も消え失せ、夏空を轟かせて雷が鳴る。

いや、もう、何とスケールの大きい歌だろう。「あ、雷鳴のことだったんだ!」と種明かしされたときの思いがけなさと嬉しさ。

結句の「夏」が実に効いている。雷は年間通して発生するが、夏の強い日差しで生じた熱雷のエネルギーは格別だ。「大空のホール」をリアルに想像すればするほど、やがて訪れる稲妻と激しい雨の予感にわくわくさせられる。

優れた喩は、注意深い耳と、伸びやかな想像力による産物である。こうしたダイナミックな把握は、この作者の得意とするところだ。夏になると必ず思い出す歌がいくつもある。

    一杯のまなつのミント・ソーダ水 ペルセウス座流星群を飲み干せり