松村 由利子


問ひつめて確かめ合ひしことなくてわれらにいまだ踏まぬ雪ある

       小島ゆかり『ヘブライ暦』(1996年)

 

愛するというのは、難しいことだ。相手の領域に踏み込まないのも愛する行為だと分かるには、ある程度の経験と年月が必要である。

恋は相手を知りたいという熱病のようなものだから、いろいろと訊きたい。傷つけることがわかっていても、「問ひつめて確かめ合」うことだってあるだろう。けれども、少しずつ愛を深めてゆくうちに、互いに触れてはならない部分を意識するようになる。それは、過去の恋愛であったり、生い立ちや親族に関することだったりするかもしれない。訊けば話してくれるかもしれないが、自分から言わないのであれば、敢えて訊くのは憚られる。

この歌の作者が、触れてはならない部分を「いまだ踏まぬ雪」と美しく表現したことに打たれる。新雪がきらきら光るようなイメージである。時間がたてば、その表面の輝きもやわらかさも失われてしまう危うさがある。だからこそ、この作者はそれを大切に守ろうと決意している。

長い間、相手の「いまだ踏まぬ雪」ばかりを意識して読んできたが、ふと自分の「いまだ踏まぬ雪」も尊重されていることに思い至った。相手を問い詰めたい気持ちを抑えていた時期を過ぎ、愚かしい過去の諸々を含めて自分が受け容れられているありがたさを思うとき、改めて「いまだ踏まぬ雪」の美しさが胸に迫る。私の最も好きな愛の歌である。