ふくませしロタワクチンをみどり児が飲み込むまでをわれら見守る

山村泰彦『六十余年』(2015年、本阿弥書店)

著者は亡父・湖四郎氏が昭和28年にその師若山喜志子を顧問として信州松本で創刊した結社「朝霧」を継承し、現在は主宰を務め、長野県の歌壇をリードしている。実生活では、松本市内に小児科医院を開業している。歌集タイトルは医師になってから63年目になることに拠るようだ。平易な文体で日常の様々なことや旅先のことを歌っているが、とりわけ、このような小児科医として乳幼児を診察している作品が印象に残る。

近年では、産科と小児科は医療事故で訴えられるケースが多いので、若い医学生の中で志望者が少ないと聞く。しかし、作者は長く地域の小児科医として親しまれているようだ。親子二代にわたって「山村先生」に診てもらった親子もいるに違いない。昭和4年生まれとあるから今年で87歳になるはずで、温和な人柄であることも加えて、小さな子供たちに恐怖感を抱かせないのだろう。

乳幼児に嘔吐や下痢を起こす感染性胃腸炎の主要原因がロタウイルスであるが、ロタワクチンとはそのロタウイルス感染を予防する経口ワクチンである。母親から受け継いだ免疫が無くなる頃に接種するので、対象は文字通りみどりごなのであろう。大人と違って自分の置かれている状況を理解できていないから、みどりごは突然自らに降りかかった「災難」を必死に回避しようとする。泣き叫んで、口中の「遺物」を吐き出そうとするのであろう。大人たちはそれを取り囲んで、宥め透かして何とか飲み込ませようとする。「大人たち」とは医師、ナース、親たちである。何人もの大の大人が一つの小さな命を取り囲んで固唾を飲んでいる。読者もまた「われら」の一人となって、そのみどりごがワクチンを飲み込むまでの固唾を飲んで見守っているような気持になってしまう。少しユーモラスな光景であるが、同時に、とても暖かく優しい光景でもある。