生年に付く〈~〉(なみきがう)生きゐるはなべて尻尾を揺らしさまよふ

大塚寅彦『夢何有郷』(平成23年、角川書店)

 「なみきがう」は「~」のルビである。漢字で書けば「波記号」か。この記号を「なみきごう」と呼ぶことは初めて知った。なるほど、波の形をした記号である。上手い名前を付けたものだと感心する。

 人名事典などで、項目の人名の下に括弧で生年と死亡年が記されている。例えば「春日井建(1938~2004)のように。ただ、現存者の場合は「~」の後には何も記されない。この作品の作者である大塚の場合は「大塚寅彦(1961~ 」のようになる。縦書きだとこの波記号の下に何もないので、まるで尻尾を揺らしているように見える。

 その見立ても面白いと思うが、結句の「さまよふ」に注目したい。なんだかその人がさまよいながら生きているような印象を受ける。ゆるぎない確固とした信念を持って生きている人は少ない。多くの人は迷いながら生きている。様々な偶然の積み重ねの中で生きている。進学、就職、恋愛、結婚等々、人生の迷いの中で出会った偶然によって選択することは少なくない。生きている人は確かに尻尾を揺らしさまよっているのだ。一方、亡くなった人には尻尾の後に死亡年が記される。その人の「~」は死亡年に繋ぎ止められており、もはや揺れてもさまよってもいない。

 作者は2004年に師であった春日井建を失い、その結社「短歌」(中部短歌会)を引き継ぐことになった。40代そこそこの若さで長い伝統ある結社を引き継いだのだ。困難も迷いもあっただろう。引用歌の下句にどうしても作者自身の姿を重ねてしまう。

   蝶番とふ蝶二つ永久(とこしへ)に飛び立ち得ずて日々軋みあふ

   ことごとく女(をみな)は胎に〈宮〉秘めて満ちゆく月の下に眠れり

   花々の呼吸こもらせ罠のごと灯せる夜の花舗に入りゆく