光森裕樹


天からのサインが風に溶けてゐて諦めよといふ九月の朝に

新井蜜『鹿に逢ふ』(Amazon Services International, Inc.:2014年)


(☜5月22日(月)「月と空 (10月)」より続く)

 

◆ 月と空 (9月)

 

九月という月は、四月を基準とする年度の考え方もあってか、なんだか七月以上に一年の後半が始まる月であるような感覚がある。まだ夏の暑さも残っていながらも、徐々に秋が意識される頃だろうか。折り返しのような季節の始まりのある朝、吹く風の中に「諦めよ」というサインを読み取る――
 

恋愛の成就や、仕事の成功、ながく抱えてきた夢など、何を「諦めよ」と言われているのかは描かれていない。それだけに、もっと大きなこと――例えば若さであったり、人生そのものであったり――を諦めよと言われているようで何だか怖い。
 

天からの指令がきつとかくされておれをまつてるはずの風景

 

こちらも、天からの声を感じる歌だ。「天からの指令」とは、もしかしたら生まれてきた意味や人生で成し遂げるべきことのような肯定的なものを指すのかもしれない。しかしながら、その指令そのものは分からず、ただ隠されていることだけを予感している。その「風景」の場所にはたどり着けたのだろうか、たどり着けたとして、その「指令」は分かったのだろうか、それを完遂することはできたのだろうか。疑問ばかりが残る。
 

歌集『鹿に逢ふ』に歌われた外部からの声というものは、多く主体を振り回す存在として登場する。
 

二階から駆け降りくればごめんねと間違ひ電話のすすり泣く声
次の方どうぞと言はれ入つたら真つ暗闇を落下して行く

 

「天からのサイン」や「天からの指令」は本当に従うべきものであろうか(では、従わないと心に決めれば、無視できるものなのだろうか)。
 

一歩を踏み出す。その先に、床があることを信じて――
 
 

(☞次回、5月26日(金)「月と空 (8月)」へと続く)