中山文花「音を聴かない」(『上終歌会』01:2017年)
(☜8月18日(金)「学生短歌会の歌 (2)」より続く)
学生短歌会の歌 (3)
何度か言葉にしようとしたけれど、うまく言えなかったことがある。それをまた口にしようとして、うまく言えたことなんてないことをふと思う。普段通りのあなたにもわたしにも風が吹いている――
言葉にしようとしたことが何であるのかは分からない。「あなた」と「わたし」に関する大切なことだろうか、あるいは、なにか掴みがたい感覚のようなものだろうか。ささやかなものかもしれないが、確かなコミュニケーション不全の存在を示しつつ、変わることのないふたりの関係が続く。
一首の中において静的な「あなた」と「わたし」に対し、動きがあるのは風だけであり、時間がただ流れていくことを感じさせる。
はなびらがあなたの胸にすべりこむはなびらだけが気づく心音
同じ連作から。こちらの一首も、動きのあるものははなびらと心臓だけであり、極めて静かな世界が描かれている。
はなびらがあなたの胸元に入り込む。わたしには知り得ないあなたの心臓の鼓動を、はなびらを介して想像する。掲出歌と同じく、相手との間にある薄い膜のような隔たりの存在を感じさせ、それが一首の魅力となっている。
(☞次回、8月23日(水)「学生短歌会の歌 (4)」へと続く)