大松 達知


石の苔まろまろとありけふひとひいのち交換したきこの苔

 坂井修一『牧神』(2002)

 

 この歌集には、

・「電子情報学特別講義」終へしわれ生協食堂に麦飯をくふ

なんて歌もある。最先端のコンピューター技術の研究をされている大学教授だ。

 

 この歌の登場人物は、よほど疲れているのだろう。人間関係などの精神的な疲れのような気がする。そういう、人間世界を少し離れて休みたい、という感懐の歌はときどき目にすることはある。

 

 しかし、ここでは、「いのち」がモノのように「交換」可能なイメージで描かれているのが怖いところ。

  仮にそういう発想はあっても、「交換」というデジタル系の言葉を使って生々しく言ってくるのは作者ならではだろう。

 

 丸い石に乗って一日をゆったりと癒される命。「命」が分かりづらければ、「たましい」と言い換えてもいいかもしれない。

 原初の生命体から遠く離れて、こんがらがってしまった人間が本当に休めるためには、苔になってしまうくらいでないとだめなのだ。

 苔になった自分。そこには思考はない。ただ、ゆったりと時間を過ごすことの大切さを思い出して帰って来る。あるいは、もう、帰って来なくてもいいのかもしれない。