築地正子『みどりなりけり』(1997)
素材があって題材がない歌には、歌本来の力を感じることができる。
ここで登場するのはただの石のみ。大きい石でも小さい石でもない。石ころでもない。ただの「石」。
具体的ありながらも、この上なく抽象的な風景を立ち上げる。
石だけでも、短歌は成立するのだ。
そこにはもちろん、作者内部の詩がある。
「石」はもともと声を持つ何者かであったという。鳥であったのか、キリギリスであったのか、それとも人間だったのかもしれない。とにかく、声を持つものだった。
それが何かのきっかけで、声を「閉ぢた」。発声と捨てて、石になることで、永遠の生命を得たともいえる。
寓話の世界が凝縮されているようでもある。
作者は、そういう物語を作り出しておいて、自ら語りかける。月の光に答えなさい、と。
上句の和語脈の穏やかさから一転して、ゲッコウにオウトウせよ、という漢語脈の厳しさを響かせる。
作者はこの石の守護者のように、そっと大きな物語を投げ出す。
何かの寓意を読みとるよりも、このまま、石と月の対話を想像したい。