旨(うま)き物食(たう)ぶる顔のやさしきを恋ふるこころに旨き物もがも

窪田空穂『冬木原』(1951年)

 

 

おいしいものを食べている時の人の顔は、うれしそうだと思うが、言われてみると、確かにやさしいものでもある。気持ちが穏やかに落ち着くのだろう。

育ちざかりの子どもや若い人を思うと、食欲も旺盛に、うれしさが先に立つように思われるが、ある年代より上の人が、しみじみと好物を味わっているさまは、よりやさしさが勝つかもしれない。

 

何ともやさしい雰囲気の歌だが、うたいはじめの丸い音感に重ねて、「食ぶる」「恋ふる」といった、やわらかな音をつなげつつ、間にカ行のとがった音をはさむことによって、それらをより生かしている。

 

ふんわりとやさしい調べにひたって読んでいく時、驚かされるのが、結句である。
人のしあわせそうな顔をみたいとうたっていると思いきや、実は、本人がうまい物を食べたい。
思わず笑いがもれる。

「もがも」は、~があるといいなあ、という意味の助詞だが、結句は調べもこれまでとは違って、「も」が口の中でモゴモゴする上、八音である。
四句から結句への転換が際立つ。

 

かといって、読み直してみて一首から感じるのは、旨いものが食べたいということのみではない。
しあわせな人の表情と、おいしいものが食べたいという気持ちが混然一体となって伝わってくる。

 

歌というものが、真に血肉になっている人の歌だと思う。

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