初井しづ枝『冬至梅』(1970)
「室津」という小題がある。「昭和37年2月歌会吟行」ともある。
こうして、いつどこの風景を基にしているのかをきちんと表記してあると、歌に入り込みやすい。
これをわざとぼやかして、抽象的な風を装うのは読者に親切ではないと思う。
作者は姫路市に生まれて暮らした人。この室津は、淡路島(淡路市)の西岸の町のことだろう。
偶然に通りかかったところに、魚網を修繕している人がいた。漁師の妻などの女性であっただろう。
目が合ったとは書いていないが、なぜかそのとき作者は「かすかに心遇ひ」と信じることができた。なぜだかはわからないし、一方的な思い込みの可能性はあるのだが、たしかにそう思ったのだ。
そして、歩き去ってしまうことができずに、しばし立ち止まってその人の手作業を見ていたという。それだけ。
一瞬の心と心の交錯、まったくの他人であっても、まったく立場が違うふたりであっても、なぜかなぜか「心が遇った」と感じる瞬間はある。
ぐっと入り込んだこちら側の心を、相手側が受け止めてくれた瞬間とも言える。
こんな瞬間、ありませんか。