今日こそは言わねばならぬ一行のような電車が駅を出てゆく

奥田亡羊『亡羊』(2007)

 

 代表作であろう、

・宛先も差出人もわからない叫びをひとつ預かっている

についで、巻頭2首目に置かれている歌。

 対になる作品とも言えそうだ。

 

 叫びを預かったり、電車を見送ったり、作者(作中主体)は、何者かが往き来するなかで、じっとみづからの位置を動かないでいる。

 そこに、野武士のような力強い相貌を想像することもできる。

 

 だれしも、(劇的に言うなら男は)いつでも、「今日こそは言わねばならぬ一行」を心に秘めて生きているのだろう。

 それは、上司に対する憤懣であったり、愛の告白であったり、あるいは、飛躍への意志かもしれない。

 そういう具体的な内容はともかくとして、その「一行のような電車」が自分を置いてホームを離れてゆくとはどういうことだろか。

 

 乗り遅れた電車なのか、見送った電車なのか。言いそびれた言葉なのか、あえて言わなかった言葉なのか。

 行き先に向かってひたすら走る電車に、もう自分ではコントロール不能になってしまった言葉を託したい気分なのか。

 そのあたりは謎だけれど、言葉の勢いの良さを感受して、心がそれに反応できれば、この歌を読んだことになるにちがない。

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