大松 達知


ぺらぺらと業界用語で喋りだすぼくなんだけど誰だこいつは

荻原裕幸『永遠青天症』(2001)

 

 (『永遠青天症』は未完歌集として、全歌集にあたる『デジタル・ビスケット』に収録されている。)

 業界用語は、どの「業界」にもあるはずだ。

 しかし、イメージとして、「業界」(ギョーカイとも書けばなおさら)は、放送業界、広告業界、マスコミ業界を指す。

 自由で派手な印象があって、人々の憧れと羨望を引き受けている業種かもしれない。それは、「業界人」が軽佻浮薄を気取るという自己演出もあって、他の業種にはない華やかな雰囲気を感じさせるようだ。

 

 この作者も、例えばタクシーをシータクと言ってみたり、六本木をギロッポンと呼んでみたりするような、「ぺらぺら」と形容するしかない軽い言葉づかいをしているという自覚がある。

 ひとりの人間の変容、といえば言うべきか、「業界」で時間をすごしているうちに「業界」にからめとられてしまった自分がいる。しかし、そういう自分がまとうものを脱ぎ去ったところに本当の自分がいるのではないか、という客観視も生まれる。

 「本当の自分」と「今の自分」の間のアイデンティティーの溝を覗き込んでしまったような怖さがある。

 それを、この歌のように軽く提示してしまうところに、さらに「業界」に浸かってしまった人の入れ子構造のような悲しみもあるはずだ。