大松 達知


リモコンが見当たらなくて本体のボタンを押しに寝返りを打つ

斉藤斎藤『渡辺のわたし』(2004)

 

 これだけいろいろと省略されているのに、場面がくっきりと浮き出る。

 ワンルームマンションか六畳のアパートか。寝室と居室が分かれていない部屋で暮らす男性。

 おそらくは万年床の蒲団に寝転がっている状態からテレビをつけようとして、手探りでリモコンを捜す。目でも捜す。しかし見つからない。しかたないからゴロリを体を転がして、テレビ本体のボタンを押す。

 

 それだけなのだが、20~30代の男性の暮らしの匂いを感じさせる。一般のイメージを巧みに借りているのである。

 

 「寝返り」は、睡眠中の無意識な行為と指すだろうから、この場合はやや違和感があるが許容範囲だろう。(扇風機にだってリモコンはある。それは屁理屈というものだ。)

 

 あるいは、テレビがついている状態から消しにかかるシーンともとれそうだ。

 テレビに背を向けて(音だけを聞きながら)肘をついて読書していた。リモコンを使って肩越しにテレビを消そうとしたところ、リモコンがない。読書を中断して、ゴロリと転がった、というシーンも考えられるかもしれない。

 まあ、とにかく、こういうものでも歌になる、というか、こういう些細な現象ほど歌として面白い。寝がえりだけこんなにいい歌ができるとはなあ。