大松 達知


停車場(ていしゃば)に札(ふだ)を買ふとき白銀(しろがね)の貨(かね)のひゞきの涼しき夜なり

若山牧水『独り歌へる』(1910)

 

 100年前の歌集。

 どのような瞬間に硬貨の音がしたのか、前後からはわからない。

 おそらく、停車場(=鉄道の駅)の窓口で、切符代を渡すとき、硬貨が机かお皿に落ちて鳴る音であろう。

 硬貨が行き先を持った切符に変わる。それは、お金が移動という実際の行為に変わるのだから、心に多少の華やぎがある。あるいは、寂しさも交じっていよう。

 

 牧水に限らないが、当時の歌人は、よく耳を澄まして歌を作った。現代は視覚の時代である。目を酷使する一方、大音量や騒音に悩まされる。音の相対的な地位は低くなっている。

 しかし、100年前は違った。駅で硬貨の鳴る音さえ、「涼しい」と感じられるほどの静けさの中で(この場面は夜だが)暮らしていたのだ。

 

 現在は、切符の自動販売機も減少し、チャージ式のカードをかざして改札を通過することがほとんどになった。コンビニなどでも、同じカードで買い物をする。そのときに鳴る電子音は、牧水に「涼しい」と感じさせることができるだろか。