『日暈』小林幸子
五月の第二日曜が「母の日」と定まったのは戦後二年目ということだが、それより十年前にすでに日本に入っていたという。「母の日」の謂れはいろいろあるようだが、日本の場合はアメリカの風習に倣ったものだろう。この日は母に感謝を込めてカーネーションを贈るという習慣がしっかりと根づいていて、五月になると花屋にはカーネーションの花束や花鉢が並ぶ。この歌の花束は、「少年の手をはなれ」「空をながれてくる」という。あたかも時間空間を超えた見えない「花束」を、母は受け取っているようだ。「新春の家族の宴に十四歳のままの少年、父を泣かしむ」という一首もあるので、この母は息子を「少年」のまま喪ったのである。時空をまたぐような哀しみが歌に充ちているのはそのためだろう。永い歳月を経てなお、作者は空に消えた「少年」を呼び起こすような歌を多く掲げている。そのいずれもが、存在という幻を見つめる透明な言葉に充ちている。二〇二三年刊行の第九歌集。
