「一夏」米川千嘉子
七夕の笹飾りを家でつくったのだろうか、あるいはよそに飾られてある七夕飾りを目にしての歌だろうか。作者はおそらく初めて子を持った若い母なのだろう。子供はまだ幼く、あたかも「透明な螢」と同類のように、笹の中に隠れてしまうような「かそけさ」に見えると歌われている。そういえば、蛍狩りには笹の一枝をもって行き、蛍をとらえようとしたものだった。そんな記憶もあるように、笹に蛍はふさわしい。いずれも一夏のはかない存在というべきものだが、母にとっては、笹の向こうに隠れた幼い子の生命にも一瞬同じ感覚を、「かそけさ」を抱いたのだろう。「なぜ、母は母としての生を、つなぎ続けてきたのだろう」と、歌集の帯文にあるが、子の生命も、母になった記憶も、ふっと消えてしまう危うさを意識しながら、しかしそこに一点「血」の現実感を交えたところに、現代の母親としての意識があるのかもしれない。一九九三年刊行。