島田修三『露台亭夜曲』
街というのは、それがオフィス街であっても住宅街であっても基本的には無臭の場所なのだと思う。ただ、季節によっては街路樹の花が咲いてその香りがしたり、車が通った直後には排気ガスの匂いがしたり、時と場合によっては何らかの匂いが行き来する。掲出歌はゆうがた、ちょうど夕飯の支度どきだろう。「五丁目」も具体的な地名があえて出されていないのだけれど、具体的地名がないことでごく一般的な住宅街という感じを壊すことなく歌に残している。こういうシチュエーションでもっともよく出てくるのはカレーの匂いである。住宅街の路地を歩いているとおいしそうなカレーの匂いが漂ってくる、のはこれはカレーの匂いが分かりやすいから印象にもとどまりがちだという単純な話なのだろう。カレーの匂いはカレーの匂い以外のなにものでもない匂いである。一方でこの一首の匂いは傍から嗅いだだけではなかなか特定困難な匂いなのではないかと感じるのだがどうだろうか。醬油に少し甘い匂いが混じって「みりん醬油」までは行けてもなかなか「大根」までは辿りつかない気がする。けれども、たしかに里芋をみりん醬油で煮込んだときの匂いと大根をみりん醬油で煮込んだときの匂いは違っていて、大根の煮込みには少し癖と重みのある独特の匂いが生まれているようにも思う。
そうだとしても、この一首の一寸の迷いもない匂いの根源の掴みとりはものすごく面白い。「大根をみりん醬油に煮こむ香の」の一番特定が難しいだろう「大根」からがっちり掴みに行っているところが、まずもって潔い。常人であればおそらく「どこよりか」や「醬油」あたりから掴んで、ややあって「みりん」「大根」へとその把握は進むはずであって、いきなりの「大根」は海原雄山クラスの嗅覚味覚に思われる。その意味で、この歌は語順が命の一首であり、「どこよりかみりん醬油に大根を煮こむ香の立ち五丁目暮れゆく」では単に整った作品になってしまう。「大根をみりん醬油に煮こむ香の」のアクセルを踏んで3秒後には100km/hに達するポルシェのようないきなりの加速感と、「五丁目暮れゆく」の住宅街のゆったりとしたゆうがたのテンポ感。この落差が一首にたえまなくエネルギーを注ぎ込んでいる。
好きな食べ物はと訊かれハナクソと答へし小僧もパティシエと成りぬ
