木の匂ひ風がはこぶに銀漢の下に骨のなきにんげんの立つ

外塚喬『漏刻』

 

銀漢とは天の川のこと。だからこの一首は夜の歌であり、周囲は闇に包まれている。その中で作者は天上に輝く星たちを見上げているのだろう。その時、ふっと夜風が通り、ほのかな木の匂いを伝えて来た。その木はおそらく、闇の奥に沈んでおり、目視は出来ない。濃密な夜の闇に、何の木かも判らぬまま漂ってくる木の香りは、どこか神秘的だ。

 

闇の奥からも存在感を放つ樹木に比べて、天の川の下を歩む人間は、実に弱々しい。「骨のなきにんげん」はそもそも立てないように思うが、いうなればこれは、「銀漢」という厳めしい漢語とのギャップを託した比喩なのだろう。神秘的ですがすがしい「木の匂ひ」、荘厳で広大なる「銀漢」、そして、気骨を失っている「にんげん」。

 

この「にんげん」、まずは作者自身を指し、そしてすべての人間を指すのだろう。「にんげんの立つ」という表現は、「にんげんは立つ」ほどに主観的ではなく、「にんげんが立つ」ほどに客観的でもない。主客が曖昧になった「にんげん」がぽつんとひとりで、そして大勢で天の川の下に立っている。確固として存在する「自然」の中で、「にんげん」の存在はぼやけてゆく。

 

  木の影に入りておのれの影を消すあそびのやうな死があるはずだ
  地下をゆく電車に水の匂ひしてひとり降りたつ死者のごときが

 

しかし外塚の歌はどこか、ぼやけた「にんげん」の姿に不思議な魅力を感じている節もある。上記のような曖昧な死のイメージも、現代ならではの浮遊感覚の表れかもしれない。

 

 

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