澤村 斉美


雨に濡れ夜より深き色となるスーツを干せばリビングの闇

遠藤由季『アシンメトリー』(2010年)

仕事から帰宅したところだろうか。雨に降られてスーツが濡れてしまった。歌のどこにも書いていないが、グレーのスーツのような気がする。グレーは、濡れて色が濃くなる。紺色でもそういうことはあるかもしれない。黒ではあまり「深き色」が生きてこない。歌としてはグレーだといいなあと思う。濡れたスーツをハンガーにかけ、リビングのどこかにひょいとかけて干したという場面だ。

 

「リビングの闇」が少し読みを定めにくいかもしれない。私はリビング全体が、まだ灯りをつけていなくて暗いのだと思った。ごく個人的な行動パターンなのかもしれないが、私は帰宅して、電灯をつけず、家に入ったその足取りのまま、着替えや手洗いなどを済ませてしまうことがある。勝手知ったる部屋の配置、真っ暗なわけでもなく、なんとなく見えはするので、帰宅の儀式をさっさと済ませて落ち着く時に電灯をつける。この歌がそういう場面なのかどうか分からないが、スーツを干した時に、ふっと、改めてリビングの闇に気づいたのだ。

 

スーツには、一日過ごしてきた時間や疲労が沁み込んでいることだろう。雨も沁み込んでいる。リビングの闇とは、真っ暗闇というよりは、過ぎた一日を背負う「われ」の心が見る暗い空間なのだ。疲労とも充実ともつかない、今日一日を過ごした、という手ごたえを心に鎮めるように、作者はリビングの闇に一瞬たたずむ。