天心に半月清かに駆けており君を想わんための一時

永田淳『1/125秒』(2008年)

 

空のまんなかに半月が昇っている。「清(さや)かに」だから、澄んだ夜空に白くくっきりと輝く半月があるのだろう。そんな空をなにげなく見上げるひとときが、「君」を想うための時間なのだという。半月が「駆けており」というところがいいと思った。空を駆け上るような印象があるし、作者の気持ちも少し反映していて、静かな高揚感もある。

 

掲出歌もそうだが、『1/125秒』には空や天体を眺めている歌がときどき見られ、印象にのこる。次の歌もそうだ。

 

  子を寝かし降りくるあなたが日々伝う火星の赤さ今日藤村忌

 

子どもを寝かして上の階から降りてくる「あなた=妻」が、日々火星の赤さを伝える。眠る子どもと、火星を見上げていた妻と、火星の赤さを伝え聞く作者と、「今日(8月22日)」が忌日の島崎藤村。それぞれの時間が1首の中で重なり合っている。「私」が生きている時間とは別の時間の流れを幾重にも感じさせる不思議な歌だ。

 

掲出歌も、「君」を想うひとときが、作者固有の時間に生彩をもたらしている。天体は、作者が、自分の時間の流れとは別のリズムを刻む他者に出会うときに、象徴的に現れている。

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