ひ•な•あ•ら•れ フセインが鳥に撒きやりしちひさな食べもの闇夜に残る  

川野里子『王者の道』(2010)

 
7首からなる連作「雛とフセイン」のなかの一首。

サダム•フセインは、2006年の12月30日に処刑された。語り手は、2007年の雛祭の夜、遠方にいる老いた母を想い、2ヶ月ちょっと前のフセイン処刑に想いを巡らせる。

歌の元になっているのは、獄中のフセインが鳥にパンくずを与えていた、というエピソードだろう。フセインを巡る数々の物語のなかで最もささやかで、少し傷ましいエピソード。

もちろん作者は、フセインを政治的に支持すると書いているわけではない。絞首刑という手段によって何かが強制的に「終わらせられてしまった」こと。その後に残る闇の不気味さを、感じとっているのである。

 
  きしきしときしきしと衣の音走り雛の夜忙(せは)し亡き祖母と叔母

  男雛女雛しんとみつめてゐたりけり今夜独りの老母(はは)の夕餉を

  ひ•な•あ•ら•れ フセインが鳥に撒きやりしちひさな食べもの闇夜に残る

  「アラーは偉…」にて声の切れたればガタリと二○○六年終はりぬ

  世界中ケイタイに青い灯をともし絞首刑見き祭りのやうに

  首抜きて人形仕舞ふ節句あり節目つけるといふことなれば

  サダム•フセイン世界の記憶より消えぬ人肌の穴ひとつ残して

 
雛祭とフセインを結びつけているのは、基本的には作者の意識しかない。「首を抜」いて雛人形を片付ける行為に符丁めいたものを感じ取ることができたのは、作者の心が、世界の動向に対して、また母に対して、鋭く開かれていたからに違いない。

『王者の道』には他にも、夫の祖母の埋葬と山姥、自分の家族と拉致問題、老母と羽衣伝説など、異なるテーマをひとつに結びつけた連作がある。いずれも、無理矢理こじつけているのではなく、作者の視野の広さによって自然に重ね合わせられているところが魅力だ。

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