石川 美南


水をあげてもあげても枯れる庭なのにあとからあとから観客が来る

大田美和『飛ぶ練習』(2003)

 
不思議な庭である。水をいくらあげても枯れてしまうとはどういうことだろう。なぜそんなに賑わっているのだろう。「あげてもあげても」「あとからあとから」のリフレインも楽しく、荒れた庭の雰囲気ではない。
 
……などと、わざとトボけてみたが、実はこの歌には「[青山ブックセンター本店]内をうろつく」という詞書がついている。なるほど、「水をあげてもあげても枯れる庭」とは、知の総合体としての書店を指しているのだ。

持てる限りの知識や労力や詩心を投入して作り上げた一冊は、あっという間に地に飲み込まれ、消化されていく。しかし、一瞬の開花を求め、人々は庭を訪れる。作り手(作家、編集者、あるいは書店員)たちは、広大な庭を前にして途方にくれ、時に絶望しながら、水やりの手を止めることがない。そのような書店讃歌、そして知への讃歌として、私はこの一首を読んだ。

同じときに作られた、
 
  読んだことさえ忘れた本の真下にも速やかに白く地下用水路(カレーズ)走る
 
も、美しい。
 
ブックセンターの歌は、2001年から2002年にかけて詩人の川口晴美と大田美和が競作した「場所」のプロジェクトの一環。お互いが任意の場所を指定し、相手に指定された場所と自分が指定した場所に行って作品を書くという企画で、「渋谷[東急東横店]屋上にのぼる」「都庁[献血ルーム]へ行く」「神保町タイ料理店[メナムのほとり]で、ランチを楽しむ」などのミッションが並ぶ。自分が行きたいところだけでなく、相手の指定した場所に行くことで、作品に緊張感が生まれており、面白い。ここでは引用しないが、「献血ルーム」というお題が引き出したエピソードが、しみじみと心に残った。