石川 美南


木の命気負いしころもあるならん下駄の木目に素足を載する

浜名理香『流流』(2012)
 
木が木の命を「気負う」、という把握がとても新鮮だ。木というものは普通、穏やかに、気負わず生きているように考えられがちなのではないだろうか。しかし語り手は、一年一年年輪を蓄えながら成長していく木に、木なりの気負いを見ている。そして、それを素足で踏むことで、人間として生きる自分の気負いを意識しているのである。
下駄を擬人化しているのとは少し違うし、自然礼賛とも違う。物と物の命が一瞬だけ交差する、居合抜きのような迫力がこの歌の持ち味だと思う。
 
『流流(りゅうる)』は浜名理香の第4歌集。
 
  痛いのも痛いが痒いのも痒く記憶のひとつ爪たてて掻く
  おおかたの亀は冬眠する池に眠れぬ亀が鼻浮かべおり
  定食屋出でて来たれる男らが白木すがしき楊枝を咥う
  裏道に壜の崩るる音のして壜を叱りている声聞こゆ
 
痛い記憶ではなく「痒い」記憶。冬眠しそこなった亀の寒そうな鼻。楊枝を咥えた無頼な男たちに、夜更けふらふらと帰っていく酔っ払い(たぶん)。どの歌も、表通りより裏通りを行く、王道から少しはみ出してしまっているものに目が向いている。
もっとも、はみ出しているのは他人ばかりではない。自分自身を描くときにも、
 
  卒園の記念「ともだち」の絵にわれは描かれておらずわれも描かずき
  酒癖の悪しきキス魔ということにしておりどうせ誰とも飲まず
  このところ薬缶頭になりていてお湯の沸くまま湯気吹きている
 
など、はみ出し者の立ち位置をキープしている。ただし、自虐ギャグにありがちなじめじめした感じは全くなく、むしろ「われも描かずき」「どうせ誰とも飲まず」の言い切りが清々しい。背筋をぴんと伸ばして生きている人、という印象を受けるのである。
 
 
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